来談者の感想の一部を抜粋して掲載します。ほかにも多数、感想をいただいております。誠にありがとうございます。

20代大学院生の保護者 発達障がい 不登校 担当:小林
 私の息子は、新潟にいるときに、小学5年から発達障害で不登校になりましたが、今春、大学を卒業して、大学院にすすむことができました。小林先生の助言により、何回もあった危機的な状況を乗り越えることができました。本当にありがとうございました。 今では発達障害について、広く認知されていますが、当時はあまり知られておらず、不登校になって数ヶ月して、発達障害ではないかと市の支援室からはなしがありました。 当時は混乱して家の物を壊したり、家族に暴力を振るったり大変な状況でした。 立ち直る処方箋が見つからないなかで、小林先生からのカウンセリングをうけることにしました。最初は、本人は来れず、家族と訪問しご相談しました。その後、何回か本人もカウンセルリングを受けて勉強を少しずつ始めました。私の転勤により首都圏にもどることになりました。小林先生から助言をいただき、支援が受けられる学区外の中学校に転校しました。転校先の中学では、相談室登校ができるようになり、毎日、何時間も勉強して試験成績はトップクラスまでになりました。順調に回復するかと思われましたが、コンプレックスやネットでのトラブルのトラウマから大混乱をしました。 高校は、サポート校に進学しましたが、人間関係がうまくいかず、中退し高認資格を取得し大学進学を目指す道を選びました。その間も混乱することが、何回かありましたが、そのたびに、小林先生に助けていただきました。 紆余曲折ありましたが、1年浪人して地元の国立大学に入学することができました。 大学では、単位は順調に取得し、バイトやサークル活動等で充実した日々をすごせました。 そのなかでも入学当初等や卒業論文などで混乱しましたが、ここでも小林先生のカウンセリングをいただき乗り越えることができました。 (混乱はしましたが、大学生になったときは、混乱の度合いや回復力は格段に進歩したと思います。) 小林先生の問題解決へのアプローチは本人への直接の的確なアドバイスの他に、学校の選定や環境の整備等のいろんな角度から解決策をご助言いただき、カウンセリングスキルの高さはすごいと思います。大学卒業までこれたことは、小林先生の助言の賜物です。本当に、先生に巡り会えて運が良かったと思います。 2年後には就職予定ですが、まだまだ課題があると思いますが、何とか乗り越えていけるようにと思っています。

30代女性 PTSD うつ病 休職からの職場復帰 担当:小林
 私は、あることが発端となり、仕事の関係者から恫喝を受けてしまいました。その頃から、少しずつ眠ることができなくなり、自分を責めました。その後、相手が要求する条件をのまなければ、違う手段に出ると言われました。話合いでは、相手の怒号がとび、自分を責め続けながら、謝罪をしました。  このことがきっかけで、張り詰めていた糸がぷつんと切れてしまい、私は今の仕事を辞めるべきだ、私と関わる人はみんな不幸になる、いやな気持ちになる、と、ネガティブなことばかりを考え、自分をより責めるようになりました。  私のせいで、という考えが頭から離れず、毎日泣きながらなんとか職場に行きましたが、様々な判断ができなくなり、何をしていても涙が出てくるようになりました。鬱状態になり、こんな自分をどうにかしたい、助けてほしいという思いから、かつて親友や親友の夫が小林先生のカウンセリングで元気になったことを聞いていたので、紹介してもらい、小林先生のカウンセリングに申し込みました。  小林先生は、私の様子を見て、様々な不安や自分を責める気持ちを受け止めてくださり、すぐに医療機関とも連携してくださいました。  まるで別人のように笑えなくなり、毎日誰かにつけられている、見られているという強迫的な観念も出てきて、外に出ることもつらくなった日もたくさんありましたが、小林先生とのカウンセリングを心の支えにしたり、目標にしたりしてしばらく過ごしてきました。私が休職して、職場のプレッシャーから離れたころ、ある日私はPTSDの症状があることを小林先生から教えてもらい、医師からも診断をいただき、トラウマ治療を行うことになりました。今話すべきである、という小林先生の判断通り、PTSDだと言われたとき、素直に事実を受け止められたし、少しほっとしました。なぜかというと、自分がもう自分ではなく、今までのように戻れないと思っていたからです。PE(持続エクスポージャー法)というPTSDへのカウンセリングは毎回、つらかった場面をカウンセリングの時間内に話し、それを毎日自宅で聞くという治療です。最初は、涙が止まらずつらかったことを思い出し、向き合うことがとても辛かったです。でも、小林先生は毎回話を聞いてくださり、励まし、考え方のクセを見つけてよい方向へ導いてくださいました。つらかったエクスポージャーも毎回頑張り、少しずつトラウマと向き合えるようになりました。  不安階層表に基づいて、毎回現実エクスポージャーの宿題が出ました。毎回小林先生が私の様子を見ながら、トラウマ体験をきっかけにできなくなったこと、行けなくなった場所にも向き合えるよう励まし、勇気づけてくれました。おかげで、少しずつ不安がなくなり、怖くてできなかったことができるようになりました。  小林先生が私の心や言葉を細やかに、大切にしてカウンセリングや治療をしてくださったおかげで、休職してから半年でカウンセリングとトラウマ治療は終了し、慣らし勤務をして復職することができました。今では毎日フルタイムで働き、残業もできるようになりました。仕事をすること、仕事の関係者と関わることに恐怖心はないし、一度は諦めかけた、仕事がとても楽しいです。半年前の自分では、今の自分を全く想像できませんでした。 私のような公的な仕事をしていると、悩みをもってはいけないかのように、思われてしまうことが多いのですが、職業に関係なく、私も人間です。もし、私のような経験をし、自分を責め続けている人がいるならば、小林先生に心の中にあることを話してみてください。必ず帰るときに、心が軽くなり、モヤモヤしていて答えが出ない悩みも、少しずつ雲間から光が差すように、いつか解決できそうだと思えます。  今、私はこの経験を今の自分にとって人生の糧にしよう、よい経験だったと、よいことを教わったのだと思えるようになりました。それは、小林先生が最後まで私を信じ、励まし、心に寄り添ってくださったからです。  これからは、やりたい仕事ができる幸せを感じながら、人生の糧を忘れずに、生きていこうと思います。  小林先生と出会えて本当に幸せでした。ありがとうございました。

10代女性 嘔吐恐怖 担当:関根
私は通っている病院の紹介で通うようになりました。カウンセリングルームで先生と話して、自分ができないことの原因となっている感情が嘔吐恐怖にあるとわかりました。 小学生の時から嘔吐恐怖はありましたが、今まで学校に行けなくなったり人込みに行けなくなったりした理由も恐怖からだとわかりました。 先生はいつも「怖いから行動しないのではなく、なってしまってから考えよう」と言っていて、その言葉を思い出して、怖くても1口でも多く食べたり、わざと電車に乗ったりするようにしました 今は怖いと思っても、行動することができるし、少し自信がついて目標もできました。先生がおっしゃっていた通り、この先不安が完全になくなることはないと思います。 けど、カウンセリングでアドバイスしてくださったことを思い出してこれからも頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

 10代男性 パニック症 担当:神村
高校生の息子がお世話になりました。高校1年の夏ごろから、学校で吐き気を覚え、バスや人混みへの苦手を訴えるようになりました。不登校にはなりませんでしたが、最低限の外出しかしなくなりました。いじめが原因かとも心配しましたが、そうではなかったようです。ではいったい、何が原因なのか。主人とネットであれこれ調べ、たくさんある心の病気、障害の名称について調べました。読めば読むほど、当てはまってくるように思えてきて、不安は広がるばかりでした。心療内科を受診してお薬を飲むことにしましたが、目に見えた改善はありませんでした。そこで、「さくら」さんでカウンセリングを受けることにしました。 中学でも高校でも、部活にも参加し、多くの仲良しもできたのですが、高校、教室という空間に対しての、本人にしかわからない独特の圧迫感を抑えるのは無理でした。「自分でも自分が情けないがどうしようもない」という意味のことをよく口にし、時に涙を浮かべていました。小さい頃から、体調のことには妙に神経質なところがありました。外食を好みませんでした。そのような傾向が高校に進学して急に強くなったのです。親としても「どうして?」とイライラも覚えましたが、本人の苦悩はその何倍もあったことが、カウンセリングの中で語られました。「この先自分はどうなるのか、生きていてもしかたないのではないか」と追い詰められていたそうです。 カウンセリングでは、私が同席する時間、息子だけの時間、時には母親だけの時間と、柔軟にとっていただきました。診察の時間が短い心療内科の主治医の先生に、どう情報や希望をお伝えするのがよいかというアドバイスもいただきました。結局、処方薬が調整され、お薬の効果も実感できるようになりました。実は、カウンセリングというと、親の育て方が悪かった、母親が原因、みたいに言われるのかと不安でしたが、そういうことはいっさいありませんでした。「子どもの乾燥肌による症状が親の育て方のせいではないのと同じ」という説明でした。 パニック症であること、打つべき手だてがある症状だと理解できました。紹介いただいた認知行動療法は、カウンセリング、というよりリハビリでした。症状に応じたリハビリの方法は様々あり、その中から当面やれそうなことを選んでよい、ということでした。はじめは「そんなのとても無理」と難色を示した息子でしたが、少しずつ、進めていくことができました。やってみればやってみただけ、改善が得られ、達成感を覚え、意欲もわいてきました。 高校の先生方にもいろいろお世話になりました。いろいろありましたが、将来への展望を持てる道筋がみつかりました。目標とする進路に向け努力を始め、そればかりでなく、趣味のことにも取り組めています。詳しく書けませんが、他の人から喜んでいただける活動にも取り組めています。親としても、我が子のよいところにも着目できるようになりました。認知行動療法というリハビリは、再発を防ぐために、ある程度の継続も大事、ということですが、やり方の基本を理解できたので、カウンセリングは終了し、今は息子本人が自分で健康管理をすすめています。 (以上は、実際に来談された方の感想をご本人が特定できないよう一部改変した内容で、保護者の方に許可を得て掲載しております

60代男性 ギャンブル依存 担当:神村
カウンセリングを勧めてくれたのは、嫁いだ長女でした。パチンコによる600万円超の借金は、金利を考えて退職金をあてるしかありませんでした。自分の手でつくりだした借金です。自分ではあきらめがついていました。借金がばれた時は、3人の子どもたちを大学まで出してそれぞれ自立して、自宅ローンの返済もすんでいました。他にこれといった道楽はなく、再就職のめどもついていました。 最大の問題は家内との関係の悪化でした。「悪化」というレベルではりません。家内にしてみれば、私のせいで、「老後の計画」が全て崩れ去ってしまったわけです。家内は1年以上も、精神的に不安定でした。長女も、家内の自殺を最も心配していました。比較的近所に住む次女は、私にいっさい口をきいてくれなくなりました。 そんな家内を心配し、カウンセリングは、家内にこそ必要じゃないかと思いましたが、自分からそれを口にすることはできませんでした。「離婚してもいまさら戻るところもなければお金もない」と何度も叩かれ、泣かれました。私が黙ってテレビを観ながら食事をしていると、突然、「平気でそうしていられることが理解できない」とキレだすのです。夫婦そろって体重を落とし、やつれてしまいました。 カウンセリングも、通う前は乗り気ではありませんでした。その前に一度、心療内科クリニックを受診しましたが、ここでは「心を安定させるお薬が必要」と最初から決めつけられてしまい、継続する気持ちにもなれませんでした。そこで紹介された、依存症患者のミーティングにも1度だけ「お試し参加」をしてみましたが続きませんでした。回復のきっかけになったという方もある、ということでしたが自分にはあいませんでした。うまく言えませんが、「『自分は人間のクズ』というところから再出発をめざす」という考えを、どうしても受け入れることができませんでした。 神村先生のカウンセリングは最初から、「自分が思うところの自分のままで」受けることができました。認知行動療法、という言葉から受ける堅いイメージはありませんでした。依存症となるような弱い自分、情けない自分、という見方が前提ではなかったのです。はまってしまった経過を具体的に確認してもらい、今日から何ができるか、何が有効か、を整理していただきました。数回、一緒にカウンセリングを受けた家内には「あの先生は少し甘いのでは」と映ったこともあったようです。しかし私の中は、初回を受けてみて、「ここだったら継続して通えそうだ」という予感が生まれました。カウンセリングにも慣れて、家内の不安定さが自分にとってストレスであることを訴えましたが、先生は「耐えていること」を評価してくださり、さらに簡単なアドバイスを提案していただきました。その後、家内がカウンセリングに参加した時、家内に向かって、「これを止めるように」とはおっしゃりませんでした。当時は、不満もありましたが、もし、家内にそんなことを言われていたら、いまごろ、家内も、夫婦の関係も、どうなっていたかわかりません。 カウンセリングで一番印象に残っているのは、ギャンブルをせずとも「わくわく」できる生活が重要であるがそれが実際にできつつありますね、と指摘されたことでしょうか。それから、ギャンブルをつい許してしまう自分への「言い訳」への自覚を持たせてくれたこと、それから、イライラをまだ芽のうちに対処する方法へ導いてくださったことでしょうか。頭ではわかっていることが、すっと心に入るところがカウンセリングのいいところだと思います。 おかげさまでカウンセリングを受け初めてまる2年間、回数にして12回程度で、すっかり自身が持てるようになりました。最後のカウンセリングでは、「今もまだ、はまっている方へのアドバイスをお話いただけますか?」と尋ねられました。あくまで自分の場合ですが、①長女からすすめられたということ、②依存症という病気持ちなのだというラベリングを感じないカウンセリングであったこと、③心理分析でなく今後のための具体的なアドバイスをもらえたこと、④「自分でかせいだお金の一部で、それなりの収入を得て、家族には水準以上のことはやってきた」という「言い訳」としっかり向き合えたこと、がよかったとおもいます。自分の経験では、「なんとか6ヶ月やらなければ、止める勇気がわいてくる」のではないかと思います。 おかげさまで、家内もかなり落ち着いてきました。神村先生は、カウンセリングは「きっかけのひとつですから」という言い方をされました。確かにそうかもしれませんが、パチンコで失ったお金と時間を考えれば小さい負担で、大きなきっかけになりました。長女と先生には、とても感謝しております。



30代女性 パニック障害 担当:小林
私は6年前、ショッピングセンターで急に動悸、眩暈、過呼吸、手の震えの症状に襲われパニック障害と診断されました。その日を境にそれまでの生活が一変しました。外出や仕事に行くにも頭の中はまたあの症状が襲ってくるのではないかと常に恐怖心があり何度も発作を繰り返すようになり、仕事は退職しました。まさか自分がパニック障害になるなんて、外出や趣味の旅行にも行けない、普通の生活ができない自分が情けなく責める日々でした。しばらくして再就職することができましたが、仕事は夜勤もあり不規則なためパニック障害も悪化し、自分自身を判断できないくらいの状態になりました。そんな時、1年前になりますが友人の紹介で小林先生と出会いました。小林先生はとにかく私の話に耳を傾けてくださり、初めて自分の思いを伝えられ理解してくれた先生です。そして認知行動療法が始まりました。発作に対する恐怖心、対処法など的確なアドバイスをしてくださりとても力になりました。私はめまい、動悸、広場恐怖がありました。椅子を回転させてあえてめまいを起こす、猛ダッシュをしてあえて息切れ、動悸を起こさせることを先生が一緒にしてくださり、私が怖がっていたパニック発作による眩暈や動悸は、人工的にも起こせるということ、もし、発作が起きても決して怖くない(対処できる)との思考に変わっていくことを自分の体験から実感しました。徐々に恐怖心も取れて、今ではスーパーや高速道路の運転もほとんど気にならずできるようになりました。そして、海外旅行も楽しむことができました。パニック障害はとてもとてもつらいです。小林先生と出会い、認知行動療法により回復できたこと、自信を持てたこと、心から嬉しく感謝しております。同じパニック障害に悩んでいる方が一人でも多く回復されることを願っております。小林先生、本当にありがとうございました